小説

宮本輝の流転の海 [ついに読了]

以前も宮本輝さんの『30光年の星たち』をレビューしました。

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今回、やっと宮本輝さんの「流転の海」を読了しました

流転の海とは

宮本輝さんのライフワークとも言える、半自伝的小説です。

主人公の松坂熊吾は宮本輝さんの父親がモデル。

戦前に5年ほど中国に渡って商売していたが、戦後帰国して妻 房江と出会い、一人息子の伸仁が50歳すぎて生まれたところからはじまります。

全9巻ですが、1巻を書き始めたのが宮本輝さんが34歳の時で、なんと37年間かけて書き上げたことになります。

『松坂熊吾とそれを取り巻く人々の、戦後から20年の壮大な生老病死劇』です。

実に様々な人が色んな悩みを抱えつつ登場し、病み、多くの人が亡くなってゆきます。

私は、3年くらい前に読み始めて、今回第9巻が文庫化されて購入、読了しました。

流転の海 各巻の概略

ざっと、各巻の概略をまとめました

1巻 流転の海

戦前、自動車部品会社の経営者で中国にも渡っていた松坂熊吾は四十五歳で房江(32歳)と出会う。房江は実母と死別し、実父には捨てられ、苦労に苦労を重ねた後、結婚したが、子をなしながらも仔細あって別れた。その後、大阪新町の茶屋の仲居となり、女将の代理として帳場他一切を取り仕切るようになった。その頃、熊吾と出会う。
 昭和二十二年、熊吾は五十歳にして、思いもよらぬ子宝、伸仁を授かった。
 <お前が二十歳になるまでは絶対に死なんけんのう。>
 松坂商会は、戦後、進駐軍の払い下げ物資による中古自動車部品販売業からの再出発である。
 

2巻 地の星

昭和二十六年、松坂熊吾は、病弱な伸仁・房江のために、自然の緑豊かな郷里、愛媛県南宇和に移り住んだ。伸仁は四歳になり、健やかに育っていた。房江も本来の自分を取り戻しつつあった。四十年前、熊吾に左足に怪我を負わされ生涯の傷となったことを逆恨みに思っていた増田伊佐男と再開の因縁はより深まっていく。妹 タネのためにダンスホールをつくったり、熊吾は奔走する。
 

3巻 血脈の火

昭和28年に熊吾は大阪に戻る。消防ホースの修繕会社、雀荘、中華料理店を同時に始めた。しかし翌昭和29年、消防ホースの修繕会社は破綻し、「きんつば屋」と「立ち食いのカレーうどん屋」を始める。

4巻 天の夜曲

昭和29年、中華料理屋が営業停止となり、杉野が倒れる。富山の高瀬の誘いに乗り、親子三人で富山に移住。しかし、高瀬の商才のなさに失望した熊吾は妻子を残したまま大阪に戻る。伸仁は小4になり健やかに育つが、房江は気鬱と喘息に悩まされる。

5巻 花の回廊

昭和32年, 熊吾と房江は電気もガスも水道も通っていない空きビルに暮らしている状態。 伸仁は大阪に戻ってきますが、尼崎に住む熊吾の妹タネ一家に預けることになる。熊吾は中古車のエアブローカー(電話で中古車を売り買いする)をしながら勝負の機会を伺う。女学校の跡地を駐車場にすることを思いつき、タクシー会社社長の柳田を動かして駐車場経営に乗り出す。

6巻 慈雨の音

昭和34年、中学生になった伸仁は育ての親叔母ヨネの死、大事に育てた伝書鳩のとの別れ、蘭月ビルの住人の北朝鮮への帰国など、様々な経験から少しずつ大人になってゆく。弱かった体も、医師から処方された栄養剤により、丈夫な少年へと成長。熊吾は熊吾はモータープールの仕事を順調にこなし、柳田の信頼も獲得して、自分で中古車販売店「ハゴロモ」を経営するようになるが、相変わらず大酒を飲み、糖尿病が悪化していく。いつの時代にも繰り返される男親子の競争意識と、息子の成長を自分に照らし喜ぶ父親心。物語はいよいよ後半へ。

7巻 満月の道

昭和37年、順調に伸びていた「中古車のハゴロモ」の売上が突如低迷しはじめた。伸仁は高校生になり、身長は熊吾を超えた。熊吾は、質の悪い情夫と別れられないでいる森井博美と再会し、不本意ながらその手切金の金策に奔走することになる。妻の房江はアルコールから抜け出せずにいたが、大阪最大の駐車場管理を続けながら生きる歓びを見出している。

8巻 長流の畔

昭和38年、熊吾は会社の金を横領され金策に奔走。なんとか大阪中古車センターのオープンにこぎ着けたが、別れたはずの女との関係を復活させてしまう。それを房江に知られ、彼女は烈しく憤り、深く傷つく。伸仁は熊吾と距離を置き、老犬ムクは車にはねられて死ぬ。

9巻 野の春

昭和41年、伸仁は大学生でテニス部の活動、アルバイトに青春を謳歌。房江は熊吾と別居、兎我野町のホテルで賄い婦の仕事を得て働いている。熊吾は進行する糖尿病に悩みながらも、木俣の高級菓子の夢、中古車センターの経営、森井博美の活計等、様々な難事の解決に奔走する。

流転の海で印象に残った熊吾の名言

なにがどうなろうとたいしたことはありゃせん

自尊心よりも大切なものを持って生きにゃあいけん

実に色んな難題が降りかかりますが、これらはそういう時に、熊吾の口から出た言葉です。

色んな困ったことに遭遇した時、ネガティブになりやすいが、大したことないと思って踏みとどまれるか、自尊心を捨ててでも解決しようとできるかで大きく人生は変わってくる。色々理屈をつけて、自尊心を優先し逃げ出すか、踏みとどまるか、必ずそういう選択を迫られることはある。

お天道様ばっかり追いかけるなよ

これは、大学生になった伸仁と鍋焼きうどんを食べながら言った言葉です。その後すぐに熊吾は倒れるので、遺言みたいなものです。

熊吾は実に色んな事業に手を出して、それなりにこなして行きますが、結局最後は小さなモータープールを残すだけで、倒れる直前までいつも金策に苦しんでいた。

伸仁には、良い話があったらそれに飛びつくことを繰り返すのではなく、じっくり一つのことをやり遂げる人生を送って欲しかったのでしょう。

名場面とおもいましたので、下に引用します。

「わしは若いころからお天道さまばっかり追いかけて失敗した。お天道様は動いちょるんじゃ。ここにいま日が当たっちょるけん、ここに座ろうと思うたら、坐った途端にもうそこは影になっちょる。慌ててお天道さまの光を追って、いまおった所から動いて、日の光のところへとやっと辿り着いたら、またすぐにそこは影になった。そんなことばっかり繰り返してきたんじゃ。じっと待っちょったら、お天道さまは戻ってくる。 お前は、ここと居場所をたら、雨が降ろうが氷が降ろうが、動くな。 春夏秋冬はあ っても、お天道さまは必ずまたお前を照らす」

野の春 p423

流転の海の感想

熊吾は色んな事業に手を出して、結局少しの物しか残すことができなかった。しかし、50歳で子宝に恵まれて、この子が20歳になるまでは生き延びるという誓いは果たした。

そして、人生の中で、多くの人に良い影響を与えた。

人へのアドバイスは適確だった。

そして、何より自分の人生の反省を子供に伝えた。

宮本輝さんは、80歳台の現在も小説を描き続けている。決してお天道さまばかり追いかけてはいない。

  • この記事を書いた人

bouzu-masa

50代 性格は内向的ですが、なんとかこの歳までサラリーマン生活を続けてます。経験をふまえて、同じ性格に悩む方に役立つ情報を発信します。趣味:読書、walking

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