小説

安岡章太郎の「海辺の光景」

2021年5月19日

こんにちは、なぜか本屋で目についた安岡章太郎の『海辺の光景』を読みました。

安岡章太郎さんは、以前さだまさしさんの『やばい老人』をレビューしましたが、その時のやばい老人の一人に含まれてましたので、気になってました。

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安岡章太郎さんについて

第3の新人の代表的作家。

1920年生まれ。

『海辺の光景』の内容のとおり、高知県の出身で父は陸軍獣医官。

幼少時は転居を繰り返し、『やばい老人』のとおり、素行はかなり悪かった様です。

なんとか、慶應義塾大学文学部予科に入学するも、その後徴兵。

しかし、満州で肺結核を発症し、帰国。

戦後、脊椎カリエスを患うも、その後自然治癒。

1953年に『悪い仲間』・『陰気な愉しみ』により芥川賞を受賞。

1988年  カトリックの洗礼を受ける(遠藤周作の影響)

批評家としても評価が高く、芥川賞、大佛次郎賞、伊藤整文学賞の選考委員も務めた。

2013年 92歳で亡くなられる。

Wikipedia より

『海辺の光景』とは

まずは、『カイヘンのこうけい』と読みます。

私も『ウミベのこうけい』と思い込んでました。

内容は私小説で、母の死を描いたもの。

主人公の信太郎は、1年前から狂気して入院している母親の末期が近いと父から報せを受けて高知県へ赴く。1957年の出来事である。

母親が亡くなるまで病室過ごした九日間を、戦後の窮乏生活における母と父との思い出を交えながら描いている。

海辺の荒涼たる風景や、病室、母の描写、匂いなどを主人公の心象に重ね合わせながら見事に描いている。

戦後最高の文学的達成とまで言われているだけあり、様々な描写と主人公の心象の織り交ぜ方が絶妙だと思いました。

特に印象的な場面

信太郎は父を嫌悪していた。

軍隊生活のために長い間、父が家を空けていたこと、そして母が父との結婚を後悔し、軽蔑していたことが関係していたと思われる。

父親が戦争から帰還するまでの間が、信太郎と母にとって一番幸せな時であった。

母の呼吸はいくらか落ち着き始めた。彼女は目を閉じた。部屋の外に足音が聞こえて父親があらわれると枕もとに座った。その時だった、『イタイ・・・、イタイ・・・・』と次第に間遠に、眠りに吸い込まれるようにつぶやいていた母が、かすれかかる声で低く云った。
『おとうさん』
信太郎は思わず、母の手を握った掌のなかで何か落とし物でもした様な気がした。父はいつもの薄ら笑いを頬にうかべたまま、安らかな寝息をたてはじめる妻の顔に眼をおとした。

海辺の風景 p89

混濁した意識の中で、母がその名を呼んだのは、そのとき手を握っていた息子の信太郎ではなく、嫌悪感を持って接してきたはずの父だった。

信太郎からも母からも嫌悪されていた父は終始飄々と描かれている。そして、最後に名前を呼ばれたのも父だった。

信太郎は母への愛着はあったが、介護からも逃げていたし、母の死からも目を背けていた。

yasuoka

信太郎にとっての海辺の病院での9日間

信太郎にとっての海辺の病院での9日間は何だったのか?

以下は母が亡くなった直後、外に出た信太郎の述懐である

9日間、そのあいだ一体、自分は何をしていたのだろう。あの甘酸っぱい匂いのする部屋に一体、何のつもりで閉じこもっていたのだろう。・・・中略・・・ せめてもの償いのつもりだったのだろうか?・・・中略・・・  母親はその息子を持ったことで償い、息子はその母親の子であることで償う。彼らの間で何が行われようと、どんなことを起こそうと、彼らの間だけですべてが片がついてしまう。

海辺の風景 p164

信太郎は、母の病気からも、死からも逃げていたが、それを償うための9日ではなかった。

答えはもちろん書かれてないが、最後に引潮のため、海面に現れた何百もの杙に目を奪われる。

風は落ちて、潮の香りは消え失せ、あらゆるものが、いま海底から浮かび上がった異様な光景のまえに、一気に干上がって見えた。歯を立てた櫛の様な、墓標のような、杙の列を眺めながら彼は、たしかに1つの死が自分の手の中に捉えられたのをみた。

海辺の風景 p165

母に愛着を感じつつも逃げていた信太郎は、9日間海辺の病院で過ごし、周囲の光景にその死を実感することができた。

読後感想

全体に暗いイメージの小説と思ってましたが、描写が繊細で親の死に向き合った子の心情の変化が見事に描かれている。

海辺の光景だけでなく、母とその病室の描写、病室独特の匂いの表現なども全て秀逸で、読み終わってジワリと感動しました。

戦後最高の文学的達成とまで言われたのも頷けます。

安岡章太郎さんの小説は初めてでしたが、他の作品も読んでみたいと思いました。

  • この記事を書いた人

bouzu-masa

50代 性格は内向的ですが、なんとかこの歳までサラリーマン生活を続けてます。経験をふまえて、同じ性格に悩む方に役立つ情報を発信します。趣味:読書、walking

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